2012年4月8日日曜日

心理療法で何ができるか?


【統合失調症に伴う対人関係の脆弱さに対する認知行動療法】

 前述したように、統合失調症には幻覚や妄想などの陽性症状に比べてより目立たないものではありますが、対人関係の脆弱さや社会適応の悪さの問題、そして意欲や注意力・集中力を適切に維持できない問題が伴われていることが少なくありません。しかも、一般的な社会生活の中で人が経験するストレスのほとんどが対人関係的なものから生じているため、対人関係の脆弱性はストレスの増大につながります。そして心理的ストレスが高い状況では統合失調症の陽性症状も悪化する傾向があるのです。このため、何らかの方法で対人関係適応を改善し、対人関係に伴われるストレスを軽減していくことが、その患者さんの社会適応を改善し一般的な社会生活を暮らしやすくするだけでなく、病状のコントロールに� ��役立つはずなのです。事実、統合失調症の症状と家族とのコミュニケーションの関係を調べたいくつもの研究の結果から、家族が患者さんに対して感情をぶつけるようなコミュニケーションをする傾向が強ければ強いほど、患者さんの症状の再発・増悪のリスクが高まってしまう傾向があることが示されています。

 多くの患者さんにとって最も密接な対人関係は家族になります。家族との関係でストレスが少なく、心理的なサポートが良好であればあるほど、それが再発・増悪の予防因子になります。では、どのようにして家族(あるいはその他の周囲の人たち)との間の対人関係を良好にしていくことができるのか?

 方向性としては2通りあります。1つは患者さん本人に働きかけ、より良いコミュニケーションのとりかた、より適切な問題解決の仕方を練習し身につけてもらうというアプローチです。もう1つは、家族やその他の周囲の人たちに働きかけ、この病気の性質を理解してもらい、さらにより適切なコミュニケーションの仕方を練習してもらうというアプローチです。前者は患者さん本人に対する「対人関係スキル訓練SST」と呼ばれますし、後者は家族に対する心理教育および家族行動療法(家族SST)となります。


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 患者さん本人を対象とした「対人関係スキル訓練(生活技能訓練)SST」は、統合失調症でも急性期症状(強い幻覚や妄想、思考や感情の著しい混乱など)が安定化し、症状的には比較的落ち着いていながら、対人関係や社会生活の面で何らかのやりにくさ、ぎこちなさを感じている人たちが対象になります。もともとは、4人から10人程度のグループで行う集団療法であり、外来治療として週1回程度の頻度で継続的に行っていくものとして開発されました。(その意味でも、日本の保険医療制度のもとでSSTが入院治療にしか適応がとれていないのは全くおかしな話ではあるのです。)基本的には学習理論をもとにした行動療法ですから、対人関係行動を1つ1つ、1回に練習する行動課題を1つにだけ� ��ぼり、反復練習を通じて身につけていくという考え方です。例えば「会話をする」という対人関係スキルがあります。その中には「相手の目を見て話す」とか「話を聞きながらうなずきをしたり相づちをうつ」、「十分に話を聞き理解したら、『○○なんですね?』というように理解を確認する」などのようにいくつものポイントがあります。それらのポイントのうち、集中的に意識して練習するポイントは1つ2つにだけ絞り込み、しっかりマスターしていくことを目指します。練習は集団療法の形で行われる治療セッションの中だけではなく、家に帰ってから家族との関係で、その他の対人関係の中で、学んだことを実践してみるという「宿題」もつき、つまりは治療期間中いつでも練習をしていくことになります 。まさに反復練習によって身体に憶えさせるという考え方です。治療セッションの中では「ロールプレイ」、つまり「話し手」と「聞き手」という役割で寸劇のように実演して練習することが中心になります。こうして実技的な練習を行いながら、実際の振る舞いでどこがよくできていて、どの点をどのように改善すると良いかということのフィードバックをしてもらいながら、少しずつより適切なコミュニケーションのスキルを身につけていくわけです。


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 「対人関係スキル訓練」のこうしたやり方には若干の問題があります。それは練習の「ロールプレイ」の中ではしっかり振る舞うことができても、なかなか家族との関係を含めて実社会の中で応用が利きにくいという問題です。そうではあっても、長期間にわたり反復的に練習を続けることによって、少しずつではありますが、対人関係スキルや社会適応が改善する傾向があることが示唆されており、実際にそれによって家族内葛藤やその他の対人関係葛藤の解決が少しは容易になることがあるのか、少なくとも幾分かの再発・増悪予防効果があることも示唆されています。

 他方で、患者さん本人ではなく家族を対象に統合失調症という病気についてしっかり理解してもらう心理教育を行い、さらに対人関係スキル訓練(家族行動療法)を通じてより良いコミュニケーションの仕方を習得してもらう、というやり方も同等あるいはそれ以上の再発・増悪予防効果があることが示されています。やり方は患者さん本人を対象としたSSTとほぼ同様であり、対人関係スキル(コミュニケーションスキル)を1つ1つポイントをおさえて、行動的に体得してもらうというものです。これまでの家族から患者さん本人へのコミュニケーションの質と再発率の関係を調べた研究に結果から、家族から患者さんに対して感情をぶつけるようなタイプのコミュニケーションが多ければ多いほど再発・増� ��のリスクが高く、逆に患者さんの気持ちに対して共感的に支持的に接することが多ければ多いほど再発・増悪のリスクを軽減できる傾向があることが示唆されていました。このため、家族のコミュニケーションスキルとしては、特に共感的な傾聴、つまり、しっかりと聞き手にまわって話を聞いてあげる姿勢を強調するものになります。その他、「ほめる」つまり、相手の良い行動に対してポジティブなフィードバックを与えるコミュニケーションのスキルや、言いにくい気持ちをしっかり具体的に伝えるスキル、一緒に問題を明確化し解決していくスキル、などを練習していくことになります。


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 患者さん本人を対象として行う対人関係スキル訓練SSTには、たいてい自立生活スキル訓練も付属しています。統合失調症の患者さんは、非常にしばしば前頭前野機能が低下しており、適切な優先順位をつけて物事を順序立てて計画的に要領よく進めていくことに何らかの困難さを伴っています。このため、自立生活スキル訓練では、低下してしまっているこうした能力を補う意味で、物事を細分化し順序立てて実行する練習を反復しておこない、こうしたやり方で物事に取り組む癖をつけていくようにしています。ただ、これまでに行われた研究の結果から、こうした訓練によりどの程度の実生活上の改善が得られるかは今ひとつはっきりしていません。

【妄想的な思考など認知の歪曲を修正する認知行動療法】

 統合失調症には多くの場合認知の歪みが伴われますし、幻覚や妄想は素人目にも明らかな統合失調症の症状です。こうした認知の歪みを認知行動療法的に修正できないだろうか?というのはごくごく自然な発想です。うつ病の治療などでよくやるように、自分が感じた考えは本当に根拠のあるものなのか?同じ出来事を別のより現実的な解釈はできないか?などというように再検討していくやり方です。それに加えて、ほとんどの認知行動療法では妄想的な認知やそれに伴う感情反応に対してより適切な対処法を探っていくこともします。このようにして行われる認知行動療法は、幾つかの研究の結果から、確かに妄想などの陽性症状を改善する上で、通常の薬物療法に上乗せする幾分かの追加効果はあることは示� ��れています。ただ、多くの研究結果が示しているのは、確かに統計的には幾分かの効果を示しているものの、臨床的にどれだけ有用であるかはかなり疑わしく、少なくとも薬物療法の変わりになるものではなく、あくまて追加的な位置づけでしかない、ということではありそうです。

【認知機能の低下を改善する認知訓練】


 そもそも統合失調症において対人関係の問題が生じやすかったり、仕事の能率や要領が悪くなってしまうのは、前頭前野機能が低下してしまうためであろうと見られています。だとすれば、「脳トレ」のような仕方で、注意力や作業記憶、遂行機能など脳の基本的な認知機能を訓練することで、上記のような多岐にわたる生活上の問題を改善できるかもしれない、と考えることができます。しかし、現在までのところ、いくつもの「脳トレ」的な認知機能訓練を実験的に行った治療結果からは、あまり期待のできるものではなさそうなことが示唆されています。確かに、訓練を続けることで「脳トレ」の成績は上がるのですが、だからといって実生活上の機能が向上するかというと、そうはなっていないのです。結� ��として、少なくとも現時点では、こうした認知機能訓練が臨床的に有用だとする根拠はほとんどありません。

【その他の心理療法、心理社会的介入】

 いわゆる心理教育や支持的精神療法は、少なくとも幾分かは効果的であることが示唆されています。ここでの「支持的精神療法」はあくまでも患者さんの気持ちに対して心理的な支えを行い、治療同盟を強め、現実指向的に現実的な問題を一緒に考え、自我支持的に現実検討を助けていくことを中心にするものです。通常の薬物療法を中心とした治療を行うにしても、治療者と患者の間の関係性が良好であればあるほど治療予後は良好になる傾向がありますから、週1回50分の定期面接のようなフォーマルな心理療法の形をとらなかったとしても、支持的な関わり方がある程度は治療的になる可能性はあります。もっとも、これも薬物療法を主体として行っている上での追加的な役割ではあります。

 過去には精神分析や力動的精神療法が統合失調症を対象に行われていたことがありました。しかし、その後行われたいくつもの効果研究の結果、(信頼性の低い研究報告のわずかの例外を除いて)精神分析や精神力動的精神療法は統合失調症に対してはほとんど効果がないことが示されています。少なくとも治療としてお勧めできるものではないと考えるべきでしょう。



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