2012年4月23日月曜日

起源と予兆──仮説から始まるアニメーション史 | 人間とアニメーション──天地玄黄・未来洪荒


原田 浩

私たちは、居住する惑星を「地球」、それをとりまく広大かつ謎多き空間を「宇宙」と呼んでいる。
宇宙は、およそ137億年前にビックバン仮説によって誕生したとされる。この時点で、「光と影」「色彩」「動き」「音」が誕生した。いずれもアニメーションをつかさどる重要な構成要素である。

ビッグバン以降、宇宙は膨張を続け、妖艶で神秘に満ちた無数の現象を広大な舞台で披露することになった。
この巨大空間のショーこそが、歴史上最も古い「光と影」そして「色彩」を伴った現象的映像であり、あらゆる「モーション」や「イメージ」の原点、そして野外投影の祖である。
舞台の周囲には、暗黒物質(dark matter)という暗幕が隙間なく張られていたので、映像の上映環境としては絶好の条件であり、完全暗転を厳守した投影は、映写技師として、また舞台監督として、一流の腕前であった。

これら大規模な演目の数々は、のちに、地球の科学者たちによって、次々とフォトグラフィに記録されることとなる。宇宙空間の現象には、解体・滅亡・誕生など、時に非情で冷淡なドラマが内包されているが、私達の目に映るのは奇しくも美しいアブストラクトの数々である。

ビックバンが起こる以前の世界や、宇宙のさらに外側の世界の仕組みは、依然として大きな謎であるが、やがて解明される日もくるだろう。

50億年前、超新星爆発などを経て太陽が誕生した。
太陽は「火」とならんで、映像記録を実行させるために必要な要素である。

46億年前、微惑星の衝突・合体を経て地球が誕生した。人間の耳でも容易に聞き取れる「音」の誕生である。
自然が育ってくると、自然界のノイズという長編音楽の演奏が開始される。
光、影、色彩に加え、地球上の樹木や水など、無数の自然運動による一惑星を舞台にした環境映像、大規模なパノラマがこうしてスタートした。


うつ病の原因の仮説

39億年前、早くも生命の源が誕生する。
おびただしい種類の細胞は「動きの世界」に多様なバリエーションを与えた。
その記憶は、DNAという最古の伝達装置を利用して後世に伝えられる。人間の科学者はそのファイルを受け取り、解読を行なうことに成功した。
今度は科学者たちが、地球の生命や文化を記録したデータを広大な宇宙の彼方へと打ち上げ、未知の生命体に解読されるのを待っている(※1)。
現在、生命の源である有機物は、地球誕生の直後、隕石などとともに地球に持ち込まれていた可能性があるとして、国内外で研究が進められている。

我々の祖先が地球に誕生した時代、夜には地上の明かりがなかったため、無数の星々で隙間なく埋め尽くされた、眩しい宇宙空間を目撃することが可能であった。流星は、より鮮明なかたちで鋭く発光しながら絶え間なく上空を流れ続けた。

大地は広大で、自然は過酷であった。命の危険を脅かす凶暴な動物や、家族の安全を脅かす侵入者も多かった。
人間は自然界における様々な「動き」を目撃し、脳というパーソナルな装置に記録することができたが、自己の生命や家族の安全が維持されるまで、それらを画に描き起こす精神的余裕は持てなかった。

この時代、人間は、どのような種別の動きを目撃し、観察していたのだろうか。あらゆる動植物、生物をはじめ、星のまたたき、雨、雲、雷、炎、蒸気、水など……。
暗闇は恐ろしい敵でもあった。我々の祖先は生活や家庭の中心に炎を据えた。映像の「フォーカス(焦点)」は、ラテン語で「いろり」という意味である。


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およそ3万4000年前に作られた最古の繊維が、2009年に発見された。
人間は、自然界の工作物(生物の巣など)にヒントを得、根や腱など自然界のあらゆる素材を使って、様々な生活必需品を作り出していったのである。
やがてその生活用品には紋様なるものが登場した。アメリカの歴史学者・デュラントは、大自然の後に生まれた最古の芸術は、織物・刺繍などの細工物であり、次いで陶器に刻まれた文様であると記している。
原始における織物作品は、1コマ1コマ、ペインティングやスクラッチ、カリグラフィなどを施したフィルムアートのようにも見える。
編み紡ぐ作業、いくつものコマやフレーム(※2)など枠組みを繋げていく行為は、フィルム(撮影・映写)の基本である間欠運動にも類似している。
人間は、古代の擬似的フィルムワークを通し、「リズムを刻むこと」を覚えていったに違いない。

やがて人間は、星や太陽の移動、月の変容など天空パノラマも一定の周期に基づいていることに気付き、記録(暦)を付け始めた。その描画法にも一定のリズムが存在する。

人間による音楽のリズムの祖は自らの鼓動音であり、歩行音や走行音である。
森に入れば、無数の虫や鳥たちが広大な空間で多チャンネル・サウンドを奏でており、雨・風というノイズミュージック、雷鳴という電気音楽などが時折加わる。人間は全身で音響を体感することができた。これら原始的な記憶は、呪術的・土着的な環境を経て、歌やメロディを生み出した。 さらに口頭伝承、行為伝承、文字、記号を生み出した人間は、より具体的な絵を描き始めた。


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1879年、スペインのアルタミラ洞窟で、動物の躍動するさまが生き生きと描かれた壁画が発見された。およそ1万年前に描かれた、アニメーションや映像の歴史上でも有名な「アルタミラの壁画」である。
次いで1940年、フランスの西南部ドルドーニュで「ラスコーの壁画」が見つかっている。こちらは1万5000年前に描かれていたものである。
これらの壁画に描かれた動物は、複数のポーズやシーンの絵が、同一画面内に描き込まれているように見える。もしこれが意図的であるとするならば、スピード感溢れる動物の動きを1枚の絵の中で表現するための残像表現、異時同図法(複数の時間を1枚で表現する方法)に相当する。像をダブらせて描く方法は、現代の漫画やアニメーションでも多用されている手法である。
壁画の輪郭線の筆致は、まるで本物の筆で描いたかのように滑らかで、筆圧を思わせる微妙な強弱が付けられている。動きの伝達だけでなく、物体を輪郭線により表現する行為がすでに始まっている。

もちろん当時は、資料や情報、描画を補助する装置・器具などは存在しなかった。狩猟時などに目撃した像を記憶したのち、居住空間の中で想像力を最大限に働かせ、すべてフリーハンドで描き起こしたのである。
壁画の発見者たちは、壁画をはじめて見た時、本物の動物が洞窟内にいると思い、かなり驚いたそうである。なぜ1万年も前に、このような生き生きとした表現が可能であったのか。
当時の人間にとって、自らの命と家族を守り、食料を確保し、生きのびるためには毎日が戦いであった。他の人間や動物を描画するための精神集中と観察は、自らの生存がかかった真剣な行為であり、それに要される緊張感は、現在の比ではなかったと思われる。

西暦元年前後に描かれた古代絵文書の中にも、動いた感じを表現するために、複数のポーズの人物を1枚の絵の中に描き込んだり、集団舞踏の躍動感を表現するため、複数の足跡の絵を1枚の絵に描きこんだりしたものがある。
複数のパーツの配置(間隔/行間)には、リズムやスピードをコントロールする意識の関与が垣間見られ、日本における「間」の概念をも連想させる。
人間は、静止画であっても、描かれた物体を動いたように見せるため、あるいはその動きの印象や記憶を他者に伝えるため、様々な工夫や手法を試みてきたのである。


その後、アルタミラ壁画よりさらに古い3万2000年前に描かれたとされる壁画が、フランス南部アルディッシュのショーヴェ洞窟で、1994年に見つかり、その壁画にも残像的描写が確認されると、起源の最古はショーヴェに譲られた。
さらに、アニメーションや映画の歴史書の中には、紀元前、ギリシアで、視覚に関する記述がなされていたと、伝えているものもある。

これら古代に示された「動き」や「像」に関する数々の発見は、アニメーションの解釈にひとつの変化をもたらした。
アニメーションについては「できあがった作品」や「装置」だけではなく、「本来静止したものを動かしたい」という人間の「意図」や「欲求」にまでも言及すべきではないか……。新しい思考に導く、ひとつのきっかけを作ったのである。

2010年12月、最古の人類の一種であるデニソワ人によって描かれた壁画が新たに発見された。そこにはいったいどんな「動き」が存在しているのだろう。
2011年1月、ハップル宇宙望遠鏡は、観測史上、もっとも遠い銀河を検出した。ビッグバンからわずか5億年後という過去の暗闇では、いったいどんな「映像」が投影されていたのであろうか。
日本でもっとも古い動画的幻燈の上演、もっとも古い「外国アニメーション(ではないかといわれている)映像」の目撃は、記録上、江戸時代とされている。(※3)
アニメーションの歴史は、遠大な時空間の旅である。

アニメーションとは何か。
英語やフランス語など、多くの辞書の中で、「アニメーション(animation)」という単語は「動物(animal)」の近隣に在住している。
英語の「アニメーション」には、生気,活気、快活、精、などの意味がある。また、生物、生命、生きる、活気付ける、駆り立てる、などを意味する類似語も存在する。
しかし私たちは、世界で一番最初に動き出した絵や写真に対して「アニメーション」と呼んだ人物の存在を知らない。

アニメーションと人間のあいだには、どんな関係があるのだろう。
それは、やがて歴史が答えを出してくれるに違いない。
その答えを真摯に聴くためにも、宇宙のような広大な視野と多断層によるレンズをもって、常に社会の暗部に対しフォーカス調整を試み続ける必要がある。

(※1)地球外の知的な生命体へのアプローチは多数あるが、ここではボイジャー・ゴールデンレコードのことを指している。


(※2)アニメーション、映像、映画、放送などの分野では、同じ名称でも環境や条件によって意味が異なる場合が多い。「フレーム」もその一つで、映像・画面・構図全体の総称、放送や映像を構成する静止画の単位、レイアウトの基準となる基本枠、基準アスペクト比を示したガイドライン、フィルムの1コマなどを指す。ここでは統一せずに、前後の文意に準じた。

(※3)1803年には、日本人の手による動く幻燈「写し絵」が登場する。「写し絵」以前の文献に残された現象映像の記述は曖昧で、実際の幻術なのか、幻燈・その他の投影法によるものなのか、判別が困難なものが多い。1853年発行の『嘉永明治年間録』には、スクリーン比1:3、ロシア製による、メタモルフォーゼ描写を含んだ、新しいタイプの動く絵(映像)=「影戯」を見たという記述がある。

続く



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